亜熱帯注意報

「あのさ、なんでそんな近くに座ってんだよ」


それはある日の昼下がり。
外ではけたたましいセミの鳴き声がする、ごくごく普通の夏の光景。
太陽はギラギラと照っていて、日傘も差さずに出かけたらすぐにまいってしまうような、
ごくごく普通の・・・少し違う言い方をするなら、やや暑過ぎるくらいの気候で。


ハヤタの一言に、もえは瞬間で愕然とした表情になった。
「な、ななななんでそんなこと言うんですか?
はっ、臭いからですか!わたしの汗が臭くってハヤタさんに不快な思いを?!
ああああ、それなら汗をもっとちゃんと拭きますから!
それでも臭うようならなんとかして汗腺をふさいでみせますから!ふ、ふうぅぅ・・・!」
「いや、無理にきまってんだろ。」
ハヤタは、本気で汗腺を止めようと気張りだすもえの頭を軽くはたいた。

「そういうことじゃなくてよ・・・分かるだろ?俺の頭を見りゃ」
ハヤタは頭を掻きながら、わざともえから視線を外して呟く。
「へ?頭?ええと、ハヤタさんの顔がありますよね?
う、うぅん・・・」
唸りながらもえはハヤタの顔をじっと覗き込もうとする。
が、ハヤタはもえから見つめられるのを避けようと、その視線をことごとく突っぱねているので
もえはなかなかハヤタの顔を確かめられない。
「もう!そんなに逃げなくたって!
でも、やっぱりいつもと同じでハヤタさんはかっこいいなぁとしか思えませんよ?」

「・・・」
「・・・」

しばらくの沈黙のあと、ハヤタがやっと声を絞り出した。
「だあっ!」
そしてもえの頭に掴みかかる。
「ぎゃー、痛い痛いやめてくださいよぉ!なんなんですか!」
一応注釈を入れておくと、只今のハヤタの顔色はこれ以上ない赤色である。

「どこのバカップルの惚気だよ!」
「思ったまでを言っただけですー」
「・・・」
「・・・」
「おらぁ!」
その後何が起こったかは推し量っていただきたい。


髪がぼさぼさになったもえの前にハヤタはもう一度座りなおして、
今度は自ら説明することにした。
この鈍感な彼女に悟らせようとするのが馬鹿だった、とさっきまでの己の判断を呆れつつ。

「いいか、顔がどうとかじゃなくてな、俺の頭は炎なんだよ、ただの火だ。
そばにいたらだれでも熱いのは当たり前だろ?それはお前だって例外じゃない。
分かるか?」
「・・・」
もえは俯いたまま顔をあげようとしない。
ハヤタの上からの目線ではよく見えないが、その表情はどこか不機嫌そうでもあった。
「わかる・・・けど、わかんないよ!全然わからない。
なんでそれで、わたしがハヤタさんの近くに座ってるのをそんな風に言われなきゃならないのか、全然わからない」
「は・・・?」
突然もえの口調が荒々しくなったものだから、ハヤタは呆気に取られ二の句が告げなかった。

「わたしはね、どんなに暑くてもハヤタさんのそばが一番だから、ここにいるんだよ?
それは年中無休で季節なんて関係ない気持ちなの。
けど本当は・・・少し思ってて気づいてたのかも。ハヤタさんが何を言いたいのか。
でも、気づいたらハヤタさん優しいから離れろって言うでしょう?わたし、それはヤだから・・・」
もえは再び項垂れて涙混じりにそう言った。
「・・・」
(ったくこいつはどれだけ俺を赤面させりゃ気が済むんだよ・・・)
ハヤタはとてもじゃないがもえの方を直視できなくて、鼻から口元に手を当てて下を向いた。


夏休みシーズンにも関わらず仕事づくめの二人の予定が、ちょうど折り合ったのがこの日だった。
しかし突然に入った休みだったため出かけるためのろくな計画も立てられず、
どうせどこも人でごった返しているだろうという懸念から、結局ハヤタの家でのんびりすることになった。
だがしかし、ハヤタの自宅には冷房がなかった。
これはハヤタが異様なまでに暑さに強いためと客を呼ぶ機会はほとんどなかったため、であるのだが、
もえの様子を見て、ハヤタはもえを自宅に呼んだのを激しく後悔した。

(暑いなら暑いって言えよ。なんでそこまでして俺のとなりに座ってんだ?)
額から腕から汗がじっとりとつたっているのである。背中も汗で服が湿っている有様だ。


「あのさ、なんでそんな近くに座ってんだよ」

それが、とうとう見かねての一言だった。

しかし、もえの口ぶりからするとどうやら向こうも気にしていたらしい。
まさかそこまでの反応をされるとは思ってもみなかったので、ハヤタは多少の狼狽を覚えた。
そしてそれ以上に、口を真一文字に結び小さく肩を揺らす恋人が愛しいと感じた。

「・・・」

伸ばしかけた腕を途中で下ろした。
触れたいと思う衝動を夏のうだるような気温が阻害する。
それでも、それでこそ自分かもしれない。

ハヤタは顔を上げてからこう言った。
「それならもえの好きにしたらいい。なんだ、その、俺は全然イヤじゃないから、さ」
「・・・」
もえはきょとんと目を丸くすると、ゆっくりと頬を緩め眉を垂らし口元を上げて、極上の笑みを返した。
「はい!」

(ああ・・・)
ハヤタは改めて思う。

「それならハヤタさんの近くに座ってますね。そうだ、あれ使えばもう少しマシかも!」

(・・・ヤバイ、好きだ)
同時に、絶対に声に出して言えないことだ、とも思いつつ。


もえはテーブルの隅に積んであった雑誌から一冊手に取ると、とたとたとハヤタのとなりに戻った。
「ほらこうすれば暑くないですよね?」
そしてぱたぱたとハヤタに向かって雑誌で風を送る。
「俺を扇いでも仕方ないだろ。ほらよこせ」
ハヤタは雑誌をもえの手から奪うと、両手を使ってビュウビュウと風を送った。
「はわー涼しいです。でも、ハヤタさん、ちょっと寒いくらいなんですけど」
「わざとだ」
「ええ!?ひっひどいっ!わたしにもやらせて!かーえーしーてー!」

セミは今も耳をふさぎたくなるほどに鳴き続けている。
太陽は今も容赦なくギラギラと熱光線を放射する。
たまにはこんな休日もありだと、外の風景と必死な彼女を見ながら、ハヤタは満足そうに笑った。











アトガキ

開き直った形跡が随所随所に見られると思います。
しかも展開が3月3日と酷似してるよ!
ごめんなさい、そんなハヤもえが好きなんです・・・。
もうお付き合いしちゃってるハヤもえは甘くていいですよね!
バカップルばんざーい!!(一蹴)
アトガキでこんなこと忠告するのは時すでに遅しですが、桶かバケツを用意することを
おすすめします。





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