カーテンと光




  「ユーリぃ」

 ソプラノの高い声が、室内の空気に振動して音を発した。
 期待に満ちた声で、主人に甘える子犬のようでもあった。

 「なんだ?」

 名前の主は、眼鏡をとって、ソプラノの声を持つ少女の方を向いた。

 「へへへー」

 少女は嬉しそうに目を細める。
 頬杖の体勢は崩さず、唇の両端が笑みの形に吊り上げられた。

 その様子を見て、ユーリと呼ばれた銀色髪の男は、再び楽譜に目線を落とした。
 わずかながら首を傾げているようだったが、なんとなく、その容貌は光に照らされたように穏やかだった。

 「ユーリ」

 ソプラノは宙を漂う。
 ゆったり、ゆっくり、まっすぐに。

 「なんだ?」

 男は、うんざりした顔は見せなかった。
 むしろ、愛しい者を見るような目だ。
 穏やかな面影は捨てていない。

 今度は、楽譜の上を走らせていたペンを置き、柔らかく笑う少女の目を正面から見つめた。
 その幸せそうな二つの金色からは、真意や目的はつかめなかった。
 一体、何をしたいのか男にはわからないようだ。

 「なんとなく」

 男にとっては要領を得ない答えだった。
 だが、少女の年齢と容姿からは、それも許せてしまう。

 男は少女に手招きをした。
 少女は無駄のない動作で、椅子を引き、テーブルの反対側に回った。

 「なぁに?」

 椅子に座った男と、立ったまま幼女特有のまだあどけない表情を見せている少女は、
ちょうど同じくらいの目線だった。

 「それはこっちが聞きたいな。お前は何をしたいんだ?」

 男の細い指が、少女のふわふわした髪の毛に触れる。
 綿と太陽が合わさったような印象を受けた。

 金色の瞳は、高い天井を捉えてから、男の真紅のそれへと舞い戻った。
 男もその様子を、しかと見届けている。

 「うーん。別にね、何かしたいわけじゃないよ。ただ・・・・」

 少女のソプラノが言葉を濁すと、男は不安げに、「ただ?」と、少女の言葉を反復した。

 「ただね、ユーリの声が聴きたかったの。えへへ、不思議なんだよ。
  ユーリの声を聞くとね、『はあー』って、心が落ち着くの。でもなんだか、ワクワクしてるんだよ。
  ほんと、不思議だね」

 少女の声は、抑揚豊かに綴られ、少女の姿は精一杯全てを表していた。

 男は泣きそうな表情になった。
 きれいな顔が、どこからともなく歪んでゆく。
 涙は出ていないが、それは泣き笑いというやつだろう。
 これでもかというくらいの、幸せと感謝が詰まった表情。

 壊れやすい陶器でも扱っているようだった男の手は、力を増して、
少女の体全体を自分の胸の手前で包み込んだ。
 強く、弱く、そっとそっと・・・。

 少女は一回、きょとんと瞬きをした。
 しかし、男の体温や匂いに安心してか、まぶたを閉じて体重を預けた。

 「ああ、それなら私もだ。ポエットの声を聞くだけで、私は幸せを分けてもらった気分になる」

 男の手は、少女の柔らかい髪の毛を何度か撫でた。
 何をしたわけではないけれど、なだめるようにも見えた。

 風は微弱。
 わずかに開けられた窓から吹きかける風は、カーテンをかすかに揺らした。
 時折、光を含んだ白い布はふわりとそよぐ。
 音も立てずに。

 「本当に?それならユーリとポエットは幸せを分け合いっこしてるんだね。
  ポエットもね、ユーリにこうしてもらってると、とってもとっても幸せだと思うの」

 ソプラノは室内の狭い空間にだけ、届いた。
 男はその言葉を耳で受け止めると、さらに顔を歪ませた。
 
 白いカーテンは薄手で、風は通さないが、光は通す。
 そっと、ぼやけたような柔らかく優しい光を。









アトガキ
再録その4。
たまにはユリポエも。だって私はもともとはユリポエ好きー。
ポエの一人称は「ポエット」か「ポエ」がいい。成長したら「わたし」だといい。





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