石蹴り

ナカジ君と隣り同士になって帰り道を歩くようになったのはいつからだったか。
さゆりは、ナカジのべらべらと長い話を“聞いているフリ”をしながら考えていた。

それは偶然からだったっけ?いや、ナカジ君が待ち伏せていたのだ。
彼は、よくできた統計からしてみても奇跡的な類稀なる“偶然”だ、と言い張っていたが。


「宮永君は全く楽しそうに笑わないな」

真っ直ぐ前を見て歩いていたナカジが突然声の調子を変えた。
相変わらずじっと前を向いたままだが。

「・・・」
さゆりは思考を止めてナカジの横顔を見つめる。

「楽しいことがあったら笑うわ」

ナカジがこちらに首を曲げるのを感じたさゆりは、ふいと正面顔に戻った。

さゆりが感じたように、ナカジはさゆりの方に顔を向ける。
先ほどとは立場がちょうど逆になった。

「そうか、宮永君は俺といても楽しくないのか。それなら仕方ないと言いたいが、しかしそれでは俺の気がすまない。
 一体どこが一緒にいて楽しくないというのか話してもらおうか」

人に頼んでいるというのに相変わらずの横柄な態度。
さゆりはふぅと息をつくと、数秒考えてから言うことに決めた。

「そうね、まずその話し方。そんな、人を上から見下すような喋り方、ちっとも楽しい気分にならない。
 それに、」

さゆりはエンジンがかかってきた、と思った。
ナカジ君について、思っていたことをこんなに正直に吐き出すのは気持ちのいいことだなんて思いもしなかった。
ちょっと、楽しいかもしれない。

「ちょっと待て、宮永君。それ以上は言わなくていい。俺は全て話せと言ったわけじゃない。
 それで十分だが、この話し方は俺が俺であるための必須条件であるためどうしても変えることはできない。
 こう考えているのは俺だけではなく、俺の周りにいる人間達も同じである。
 よって、自分のため、という理由以外からも今宮永君が言ったことを俺が改善するのは不可能だ。」

ナカジは、ずれそうな眼鏡を指であげながら答える。というかさゆりの話に無理矢理割り込んだ。

「そうね。確かにいきなりナカジ君がナカジ君らしくない話し方をし出したらみんな奇妙だと思うね」
わずかに楽しんでいたところを中断させられたさゆりは不機嫌を無表情で返す。
「だろう?」
ナカジは少し得意げに微笑んだ。

さゆりはこういうところも気に食わないのよ、と思う。

「だがまあ、それでは宮永君は笑わないのだろうな。俺が譲歩してやる。宮永君のために特別努力しよう」
えらそうに笑う。

さゆりはそれがすこーしむかっときたので、大仰に溜息をついてみせた。
それからナカジの目を覗き見ながら言う。
「ナカジ君は私の笑顔が見たいの?」

予想通り、ナカジは不服そうに、あたかも「図星ですー」と主張しているかのように顔が赤くなった。
そうなの、こういう時は楽しいのよ、とさゆりはにぃと笑った。

「そういうわけではなくてな。ああいやっ、まあ、要約すればそういうことになるかもしれないがな、ああうん。
 というか、宮永君、君はよくそうやって笑うが、俺が言っているのはそういう笑い方ではないからな」

マフラーと眼鏡で限りなく顔の露出を避けているというのに、その混乱様はすぐに見て取れる。
ナカジは自分に不利な話題から逸らそうと思ったらしい。
さゆりに向けて自分の人差し指をびしっと突き出す。

「そう?私、笑ってた?」
さゆりは小首を傾げる。
「なんだ、君は無自覚なのか。まるで意地の悪い魔女だぞ」
ナカジは自分のペースに持ち込めたと思ったらしい。だんだんと横柄な口調に戻っている。

さゆりにとっては本当に、ナカジの言う通りに無自覚だった。
「意地の悪い魔女」。ナカジに言われるとやはり不愉快なものだが、そんなことは誰からも言われたことはない。
友達に、「もっと思いきり笑えばいいのに」と言われたことならあるのだが。

「そんなこと、ナカジ君にしか言われたことないわ」
さゆりは前を向いて、ぽぉんと石ころを蹴った。
ころころり。そんなに飛ばない。

「どういうことだ?」
ナカジは立ち止まった。

「きっとナカジ君だからこんな笑い方になるのよ」
どうしてくれるのよ、と非難めいた調子で。
さゆりは振り向かない。そのまますたすたと、歩みをやめない。

「つまり、俺にだけ特別だということだな?」

ナカジがふふんと笑っているのは前を行くさゆりにも分かった。
それはあまり好きな顔じゃなくて、でもナカジ君らしいな、と思うあの顔。

「そうね、それでいいならそれでいいと思う」
さゆりは投げやりに右手の夕陽を眺めながら返事をする。
「それならまあ、宮永君の笑顔が見られなくても良しとしよう。その性悪ので勘弁してやる」

素直に嬉しいと言えばいいのに。
でもそんなに自分の感情に正直なナカジ君だったら、からかっても何も面白くないけど。

「ありがとう、ナカジ君」
さゆりは振り向いてにぃと笑う。
ああ、分かった。きっと目の奥が笑っていないのね。

「うむ」
仁王立ち。少し嬉しそうにして。


さゆりは石ころを蹴った。それはさっきより、ちょっと遠くまで飛んでいった。







アトガキ
実はこのネタ、大尊敬している某お方の漫画のネタと被ってしまって・・・(汗)
それで転載を渋っていたのですが、晴れてその某お方から転載許可をいただきまして
日の目を見ることができました。
改めまして、ありがとうございました!
ナカジの前では性格の悪いさゆりちゃんでいてほしいものです。




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