ヒマワリ

きらきらと光る海を見るためには、山を一つ越さないとならない。
タロちゃんは毎週日曜日になるとその山を赤い車で越えて、海まで走る。
屋根にはサーフボードをくくりつけて。


「さゆちゃんあのさ、俺、引っ越すよ」
切り出す前のタロちゃんの顔は沈んでいたから、嫌な予感はしていた。
「海の近くに引っ越すんだ」
私の返事を待たずに、タロちゃんは続ける。

それきり黙ってしまって、静かな静かな空気が流れた。
タロちゃんはきっと、私が何か言うのを待っている。

相談もせずにいきなりそんな決断をするなんて。
ずるいと思った。だからこのくらいのいじわるはされて当然。
あと五秒、たったら何か喋るから・・・。

「はなさんは?」
「うん、そうだね」

いろいろ考えたの。
さっきのだんまりはタロちゃんへの非難だけじゃなくて、私の中で言葉が沈んでしまったから。
潜って伝えようと思ったのはもっと、優しいはずだったのに。

とっさに浮かんだ「ごめんなさい」は喉の手前で塞き止められた。
「タロちゃんはそれでいいの?」
変わりに投げ打つのはどうしようもないあてつけ。

「・・・」
「はなさん寂しがるよ」
「そう、かな。だといいな」
タロちゃんはらしくなく目を伏せたままだ。

「タロちゃんはまだはなさんのこと好きだよね?」
不安だった。変わるはずはないと信じているけれど、タロちゃんが今まで引越しを決意しなかったのははなさんがいたからだ。

私は、タロちゃんがはなさんを好きになってから、もっとタロちゃんのことが好きになった。
小さなことで照れて笑うタロちゃん、花言葉について教えて!と駆け込んできたタロちゃん。
私はすごく好きだった。
それはタロちゃんがはなさんに抱く「好き」とは違う「好き」だけれど。

「それは、もちろん・・・っ!」
ばっと顔を上げて、力を込めて言い切る。
うん、それならいいの。
でも、じゃあ、
「なんで?」

タロちゃんはなぜか悲しそうに笑った。それは自分のための笑顔じゃなくて、私のための笑顔だとすぐに分かった。
タロちゃんは優しいから、よくそうやって笑ってくれるけれど、今日はちょっと失敗だね。
「今より遠くなっちゃうけど、ずっと会えないわけじゃないんだよ」
山を越えればすぐそこなんだから。タロちゃんは小さな声で言う。
私はそれをなんとか聞き取ることができた。

「そうだね。じゃあ引越しして落ち着いたら、はなさんと、タロちゃんの家にお邪魔しようかな」
うん、とタロちゃんは笑う。

いつ引っ越すの、と聞いたら、明日、と答えた。
ああ本当に全く、いつまで私に打ち明けるのを渋っていたのだろう。
この調子では、はなさんには伝えていないに違いない。
そう思って、「はなさんには?」と口を開こうとした時だった。

「はなさんには言ったから」
予想外の一言に私の目は丸くなった。
はなさんはなんて?
「きっとさゆちゃん、寂しがりますねって」
タロちゃんに心の声が聞こえたのだろうか。それが少し、恥ずかしかった。


タロちゃんは次の日、荷物をまとめて、今まで住んでいた家から出て行った。
机も、ポスターも、ベッドも。タロちゃんの部屋には何も残らなくなった。



しばらくはすっぽりと穴が開いたようで居心地が悪くて、足元がおぼつかないような、そんな錯覚に捕らわれた。
タロちゃんから小包が届いたのはそんな折だった。

小包を抱いていそいそと縁側に移動する。
茶色い箱の中に入っていたのは、一通の手紙とさらに小さい白い箱。

まずは手紙の封を切った。
『さゆちゃんへ
 さゆちゃん、お元気ですか?俺は相変わらずです。
 海はやっぱりきれいで、太陽の位置によって波の光り方も違うんだよ、って知ってましたか?
 うちが海に近くなったので、最近じゃあ毎日サーフボードを抱えて波に乗ってます。
 生活の方はそううまくはいかないんだけどね。
 あ、でも友達は増えました。みんな気のいいヤツらばっかりなんだけど、
 毎日のようにうちに押しかけてくるのは勘弁願いたいよ。
 そちらはどうですか?元気にやってますか?さゆちゃんが笑顔なら俺は嬉しいです。
 はなさんにも、お幸せに、と伝えてください。
 それでは。    タローより』
泣かない、と決めてぎゅっと目を閉じる。
しばらく膝の上に載せたまま降り積もる何かを堪えた。震える指先で丁寧にたたんで封筒に戻す。

もう一つの、白い箱を開ける。中には真っ白な貝が入っていた。
なんという貝なのかは分からないけれど、きれいな形をしていた。
たくさんのとげのついたステッキのような形。
耳をあてると奥からこちらに向かって風が吹いてくる。

タロちゃんのくれた貝は、風の音と波の音を運んでくれる。山なんてあっという間に追い越して。
風が吹いた。一瞬だけ潮の匂いを感じて、すぐに緑の匂いに戻った。



「こんにちは。はなさん、それ」
「あ、さゆちゃんこんにちは。そう、ヒマワリが入荷されたの。きれいでしょ。
 タロくんが大好きな花だって言ってたから、今年も元気いっぱいで嬉しいわ」

はなさんの勤める花屋に、今年もヒマワリが並んだ。
幸せそうに笑うはなさん。タロちゃん、大丈夫だよ。はなさんは今日も笑顔を忘れてないよ。
ほら、タロちゃんのことを思い出してこんなふうに微笑んでるんだよ。

風が吹いた。ヒマワリがふわっと香る。
海の匂いでも潮の匂いでもないのに、なぜかタロちゃんの匂いだ、と思えた。









アトガキ
タロ→はな風味のさゆりちゃんとタローの話です。
完全にある方の影響を受けてます。
唯一オリジナリティをーと思って違うのは、二人の呼び合い方。
どちらにせよ、「ちゃん」付けって可愛いですよね。





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