七月の梅雨

もう7月も半ば。
そろそろノースリーブのワンピースを着て外に出てもいいころなのに、
さなえは一度仕舞ってしまったタンスの奥から、5月ごろ羽織っていた白い上着を引っ張り出した。
胸のところに鳥の刺繍がほどこしてあるお気に入りだ。

まさかこれをこの季節になっても着るなんて・・・。

さなえは小さく苦笑を漏らしつつ、左腕に袖を通した。


今年はどうも雨が多い。
まるで梅雨の季節がそのまま半月ずれてしまったようで、
夏休みに差し掛かった今も、天候はしとしとと降る雨ばかり。
天気予報のおじさんキャスターも雨マークのシールばかりを東京にぺたりと貼っている。

さなえもなんとなく気の晴れない日々が続いていた。
バイトの量はいつもと変わらない。
その代わり、リエちゃんたちと出かける機会がぱたりと減ってしまったように思う。

ベランダの窓をカラカラと引くと、しっとりとした大気を肌に感じた。
今日も雨。
折角リエちゃんと夏休みは思い切り遊ぼうね!と約束したのに、
その気持ちもへなへなと折れてしまう。
「どうでもいい」と書かれたゴミ箱の前まで運んで溜息をついている、まさにそんな心境なのだ。

風向きがこちら側に変わった。
雨粒がぽつぽつとベレンダのコンクリートに黒い斑点を付け始めたので、
さなえはリビングに戻って内側から窓の戸を閉めた。

何をしようか。
お気に入りの上着を着たはいいが、
だからといってそれで元気百倍とはいかないのが人間の面倒なところだと思う。

愛ギターのしろちゃんを見ても創作意欲は湧かない。
時計を見たって時間が早く流れゆくはずもないのに、
さなえはついつい意味もなく短針でもなく長針でもなく文字盤でもなく、ただ漠然と時計を眺めていた。


ピンポーン。

「!」

突然のインターホンが迷惑な訪問販売の人であったとしても、さなえにとってそれは救いだった。
のんびりするのは好きだが、こういう気の抜け方はいけない。
それを自覚しているからこそ、そわそわして落ち着かなかったのだ。

さなえはぴっと立ち上がると、つい無意識に小走りになって玄関に向かった。
違うとはわかっている。だが、脳がふわふわと浮いているからだろう。
さなえの思考は勝手に、扉の向こうの相手を今一番見たい顔に変換していた。

そろりそろりと玄関の戸を開く。

「やあ、さなえちゃん」
「・・・!」

さなえは驚いて手を口にあて一歩後ずさった。

ああ、本当に、どうかしちゃったのかと思った。

変換した顔といま目の前に立っている顔は全く同じ。
ただ服が少し違うだけで。

「さなえちゃん?」
レオは首を傾げてさなえの名前を呼ぶ。
「ううん、なんでもないの。ただね、少し驚いただけだから」
さなえは下を向いたまま答える。

自然と顔中に笑みが浮かんでいるのが自分でもわかった。
果たして、ここに同じようにリエちゃんやスギくんが来てくれたのなら
こんなに体中がくすくすと笑い出すことがあっただろうか。

「そう?ならいいんだけど」
レオは上がってもいい?と、ドアノブに手を掛け右足を一歩踏み出しながら問うた。
「ええ、もちろん」
さなえはそんなレオに小さく笑って、通りやすいように道をあけた。

レオは閉じただけの傘を靴箱に引っ掛けて、慣れた様子でリビングへ歩いた。
傘から水滴が滴る。
ぽたぽた、ぽたぽた。

雨、ひどくなったのかも。

「さなえちゃん、こっち来て!さなえちゃんに是非見て欲しいものがあるんだよ」
ねこじゃらしを前にしてうずうずしている子猫みたいに、レオは何度も手招きをする。

「ほんとう?すごく気になる・・・!」
さなえはくるっと後ろを振り返ると、手早くレオの靴を玄関方向をつま先に置きなおした。

雨はザーザーと音を立てて屋根やアスファルトに降り注ぐ。
ベランダの窓も同じように幾本もの水滴の線ができていた。

今が7月の半ばでなかったらレオくんは来ていなかっただろうか。
今年が季節遅れの梅雨でなかったらレオくんは私に会いたいと思っていなかっただろうか。
それが何かの因果だとしても、全く関係ないとしても、自分のために出向いてくれる、
それってとても、うれしいことだと思う。

大好きな人が自分の名前を呼んでいる。
ふっと浮かんだメロディに身を任せて、さなえははにかみながら鼻歌を口ずさんだ。







 アトガキ

脳内スギレオリエさなブームということでできたレオさなです。
ということで、人様のスギリエ、レオさなの小説を読むのにもハマッてます。
やっぱりいいですよねぇ・・・(しみじみ)




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