ゆらぎときらめき。魚の尾が水をゆるく押し返すような。
吐き気とめまいと、脳をかき回される錯覚にとらわれて。
「宇宙の最果てで、虹を見ました」
最果ての虹
夢の中で、と付け足すと、オクターヴさんはもう一度腕をわずかに動かして、
私の肩に今度こそしっかりと、毛布をかけてくれた。
星の話を聞いていると、自分が一息で簡単に吹き飛ばされるチリにでもなった気分になる。
一秒、一分。そんな小さな単位で一喜一憂を繰り返し変化し続ける私たちは、なんて小さいのだろう。
何億、何十億年の経過で誕生、消滅を迎える星々。
何億・・・。その頃には一体、私はどうなっているのだろう。
それはもちろん、死んでしまっているのだろうけど、魂は輪廻するとかいうし、
いや、そういうことではなくて・・・。
星にはさまざまな言われがある。
それは私にとってどれも興味深いもので。
オクターヴさんが一日一個。たまに二、三個話して聞かせてくれる星のお話し会は、一日の中で一番楽しみな時間だった。
それなのに必ず、それがどんなに馬鹿げた星のエピソードだったとしても、
オクターヴさんが話し終わって座席を立つ際には、指先に小さなやけどを負ったように、切ない気持ちになった。
急に小さな自分の世界に戻ってくる、あの段差が切なさを伴うのかもしれない。
「宇宙は、星はなんて大きくて広くて、長いのでしょうね」
思わず呟いてしまった言葉。けれどそこにオクターヴさんがいたのは知っていた。
だからなるべく声に温度が伝わらないように、と言ったつもりだけど、失敗してしまったのかも。
「けれど、それでも、終わりは来るのですよ」
オクターヴさんがそう言うので、私は余計に途方もなく切ないと感じた。
暖かくなった肩に、小さな声でお礼を返す。
オクターヴさんは帽子のつばに右の指をそえて会釈した。
「どんな色でしたか?」
私は毛布の端を胸の前に寄せた。
「そう、ですね。とても形容しにくい色なのですが・・・酔いそうなほど、目が眩むほど、美しい色でした」
「それは私も拝見したかった。さゆりさんの夢が私の夢と地続きになっていないのが惜しい」
なんでもないオクターヴさんの返事。そのはずなのに、額から冷や汗が流れるほど胸がざわざわと音を立てた。
「いえ。そ、それはダメです・・・オクターヴさんは見ちゃ」
「いけないのですか?」
ぼんやりとした夢。それでもあの夢は瞬間のものではなかった。
あいまいで不確かではあったけれど、一つの物語だった。
首を垂らすこともできなくて、私はただ星が散らばる広大な暗闇の下で俯いていた。
虹の前にはオクターヴさんと私が立っている。
かき回されて原型を留めていない脳。自分が浮いていることになんの疑問も抱かない。
そのかわり、私は得体の知れない不安を必死になってこらえていた。
脳をかきむしりたい。狂乱して髪の毛をぐちゃぐちゃにしたい。叫び散らして、楽になりたい。
そんな暴力的な衝動を、私は俯いて手の平をぎゅっと抱きこむことで耐えていた。
きっとそれを行動に移せていたなら、何も怖いものなどなくなっていただろう。
オクターヴさんは黙って虹を見つめている。
私にとっては、それが苦痛であり同時に救いでもあった。
次に首をこちらに曲げたとき、唇が動いたとき、服の向こうの喉が上下したとき、左右どちらかの足を一歩後ろに下げたとき・・・
顔を上げるなどできなかった。ましてやオクターヴさんの目を見るなんて。
それでも、何か言わないと、と思ったその理由は、私にとってオクターヴさんがそれだけ大きな嫌われたくない対象になっていたからだろう。
「本当のところは・・・わからないんです。でも私はまだ」
「さゆりさんも、そろそろご存知でしょう?宇宙がどれだけ広いのかを。星の話はまだまだあります。
それなのに、どうも他のお客さんはつれなくてね。私が話そうとすると理由をつけてすぐにどこかへ行ってしまう。
さゆりさんだけなんですよ。私のつまらない話を熱心に聞いてくださる方は。」
オクターヴさんはまるで先生に褒められた小さな子供のように照れ笑いをした。
私はついつい口をぽかんと、まぬけなかかしみたいに開けてしまっていたのだけど、そのときはただただオクターヴさんの言葉が嬉しくて。
「オクターヴさん、宇宙で一番きれいな場所ってどこですか?今日はその話を聞かせてほしいんです」
「ええ、いいですよ。けれど、一番と言われましてもたくさんありすぎて私には甲乙をつけられませんが。
そうですね・・・それではその中の一つの話をしましょう」
オクターヴさんの声が広い真っ暗な空へと浸透する。
そして澄んだ色をしたそれは私の耳の中へ。
今思えば最果ての虹は、それはとても美しかったように思う。
アトガキ
オクさゆは永遠に不滅です。
ノートに書いたやつを最後だけ修正を加えてアップしてみました。
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