7月7日。日本に限り、この日は特別。−七夕、夜空の星が最も美しく瞬く日だ。
今年もやはり曇りだった。どうしてだろう。僕がこの日を毎年気にしていることを、星たちが察して雲の陰に隠れているからなのか。つまり嫌がらせなのか。
ふぅ、とはいえ、だからといって空を見ることは諦めるわけがない。
僕は望遠鏡を担いで屋根に上った。石炭のようなねずみ色の空。星は期待出来そうもない。
「は?」
僕は屋根の隅に、ここにいてはならないはずの人影を目撃する。
夜の中で多少色は落ちるものの、彼女の髪には色とりどりの短冊が揺れていた。
膝を抱えて視線を俯かせて座っている。
「何してんの。なんでよりによって今日、君がここにいるのさ」
「七夕だよ?」と付け加えてやると、さらさらと髪を鳴らしてさらさはこちらを向いた。
「今年もくもり」
それだけ言って口をつぐむ。待ってもそれ以上何も言おうとはしない。
ああうん、そうだけど。今年も曇りだけど。それがどうした?
僕の心の声を察したのか、それとも顔に出ていたのか、さらさは口を突き出して不機嫌そうに眉根を寄せた。
無言の訴えに、僕はやっとさらさの言葉の意味を汲み取った。
ああそっか、織姫と彦星を引き合わせるのは君の仕事だったっけ。
「落ち込んでるの?あ、慰めてほしいんだ」
僕が言ってやると、さらさはさらに口を突き出して目を細めた。
おいおい全然可愛くないぞ。そりゃ完全にブサイクの完成だぞ。
「沈んでるだけ」
「同じ意味だろ」
さらさは僕に愛想を付かしたのか、顔を再びふいと屋根に落とした。
星は瞬かない。雲が流れる。重たい綿の裏側で、こそこそ隠れる星の群れ。天の川は大洪水。織姫彦星今年も会えず。
「いいんじゃないかなぁ、叶えに行かなくても」
「・・・・・・え?」
さらさのいる隅っこまで歩いていった。足場が悪いから慎重に慎重に。
次の言葉を待つさらさにぱちぱち瞬きをしてもらって、僕はなんとかさらさの隣に腰を落ち着けた。深呼吸から数秒。
「いいじゃん。今年くらい叶えてもらう側に回っても。それに実はさ、案外織姫と彦星のやつ、雲の裏側で密会してんのかもよ。僕らに見られたくないからって」
「密会なんてしない」
「いや、わかんないぞ」
「密会なんてしない」
「ひょっとするとってことも」
「密会なんて、絶対にしない」
「いやいや万が一にも」
「絶対、ない!有り得ない!織姫様と彦星様はそんなことしない!」
「あーもう分かったよ。じゃあいいよ、そういうことで」
「絶対にないんだから!」
「分かったって!」
「金平糖がほしい」
「あーはいはい・・・・・・は?金平糖?」
さらさは少し怒った風な、それでいて大真面目に金平糖を要求するのだった。
「叶えるって言った」
そりゃあ、今年くらい叶えてもらう側に回ってもいいんじゃないかとは言ったが、それを叶えるのは僕なのか。
しばらく考えて、そうか僕だな、と思った。一番近くにいるのは僕なわけだしな。
僕はしぶしぶ家に戻って金平糖を持ってきてから、さらさの手の平にざらざらと何粒か移してやった。悔しいので自分の分も確保した。
食べるのかと思ってさらさをしばらく観察していたら、さらさはその中の一粒を摘んで頭上に掲げた。
「ああーなるほど」
それはちょうどねずみ色の空に一番星が光ったようだった。
星はきっと甘いだろうなと想像していた子供の頃を思い出す。砂糖のように甘くて齧るとかりっと音がする。
さらさは嬉しそうに、空に微笑んでいた。
僕も一粒摘んで、目の高さまで金平糖を持って行ったが、考え直して口に放った。
それは星のように甘くて美味しかった。
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